What's 相田 和与?

What's  USA-P house?

What's SODA WAYO ?
(読み方はもちろん アイダカズヨ がスタンダード)
相田和与の履歴書のようなもの
 

 うさPハウスをご存知の方でも最近関心を持たれた方は昔のことを良くご存じないでしょう。過去に相田がイベントでリリースした全作品のリストを作成しました。ちなみに初期作品のイベントでの再リリースはまずありませんが、リメイクを考えているものがいくつかあります。ですから過去に製作したネタを相田にリクエストすることは問題ありません。

 
とっても恥ずかしいので まこちゃん への愛は 詳しく語りません。


相田和与がセラムン(まこちゃん)に落ちた経緯、イベント参加への流れは以下のようになります。

1992年 3月7日 美少女戦士セーラームーン テレビ放送開始
 このころはまだ番組を見ていません。

     4月25日 第7話「うさぎ反省!スターの,道はきびしい」
 初めて番組を見たのはこの回でした。あまりにも恥ずかしい内容に前半で見るのをやめた記憶があります。

    8月29日 第24話 「なるちゃん号泣!ネフライト愛の死」
 もう少しで最後まで番組を見れそうになった回。途中でやはり力尽きました。

   9月5日 第25話 「恋する怪力少女,ジュピターちゃん」
 まこちゃん登場編。作画、演出などセラムンの中ではとても良質な作品です。実は私はこの話しを当時は見逃しました。これ見てたら私の「まこ道」はもう少し早くからスタートしていたでしょうね。

   10月24日 第29話 「大混戦!グチャグチャ恋の四角関係」
 作画はひどいのですが まこちゃん主役編でした。私がセラムンをまるまる一本最後まで見た始めての回がこれでした。少し まこちゃんが気に入りました。

1993年1月 ワンダーフェスティバルでセラムンのガレージキットが大々的に発売されました。長蛇の列ができて商品は完売。商品が無くなった後も予約を申し込むお客の列が午後2時位まで絶えませんでした。この頃既に相田は「まこちゃん」にぞっこんでした。そしてこの日、相田は「セーラージュピター」のキットを手に入れました。ここから人生の転落(?)が始まるわけです。

1993年7月 JAF-CONU 開催
 当時は「このJAF-CON」のみがセラムン(東映動画)の版権の当日版権が降りるイベントでした。またセラムンのガレージキットは東映動画の方針で一部のメーカにしか版権が許諾されていませんでした。そのため需要の高さの割りに商品の種類が少なく多くのユーザーはイベントでの限定キットに大変執着していました。もっとも販売許可を得られる数に制約があったりして、人気を当てこんで大もうけをねらっていた職業原型師たちにとっては必ずしもセラムンはおいしいジャンルではありませんでした。そのため実はメーカーとしてイベントで力を入れたところは結構少なかったのです。ところがに商品が無いがゆえにアマチュア作品でもセラムンでありさえすれば売れるっといった雰囲気がこのときはありました。事実今見るとこんなものなぜ売れる?っといった作品ですら馬鹿売れしていました。このときはまだJAF-CONガイドブックが発売されておらず、一体いくつのサークルから何種類のセラムン作品がリリースされたかは不明ですがその数は膨大であったようです。ちなみにこの時、相田は単なるお客でありました。

8月28日 第67話 「海よ島よバカンスよ!戦士の休息」
 男性の煩悩を刺激する水着の出てくる話しです。前年秋に初登場した まこちゃん の水着はこの時が初登場です。さてG=PORTからは亜美、レイの水着のキットが発売されています。当然まこちゃんもって期待があったのですが結局発売されません。と、いうかこの当時相田の知人の知り合いがG社の開発担当でして同社のキット開発中のラインナップはほとんど筒抜けでありました。でね、まこちゃんの水着の企画はなかったのよ。で、自分で作って翌年のJAF−CONVに出陣することを決めました。いつの間にやら「うさPハウス」がでっち上げられることになります。

 ちなみに「うさPハウス」の名前の由来は、

●セラムン=月野うさぎ の「うさ」
●ルナPボール(当時はRの放送中)の「P」
●水野亜美のモデル タレントの酒井法子=のりPの「P」
●当時、のりPのタレントグッズのブランドに「のりPハウス」ってのがありました。それの「ハウス」
●この当時、自動車(F1)レースの日本資本系のチームに「レイトンハウス」ってのがあり、そこそこ人気がありました。それの「ハウス」

 背景にはこんなのがあって出来上がった名称だと思うのですが、特に会議を開いてよく考えて決めたという記憶はありません。でもイベントに始めて参加するにあたって「何を作っているサークルか一目で分かるようにしよう。」とは考えたと思います。この年までJAF-CONガイドブックが発売されておらず、事前にユーザーに出展作をアピールする方法はありませんでした。そんなわけで名前だけでとりあえずセラムン作品をリリースしていると伝えようと考えたんでしょうね。でも一生セラムン作るとは限らないから(作りそうだけど.....)もう少し普通の名前にした方が良かったような気もするけど。この時はそんなこと考えなかったみたい。

そして.......1994年 JAF−CONV参加、現在にいたる。


以下は相田がこれまでイベントでリリースした作品。
作品名がこの色で表示してある作品は展示室に展示中です。クリックすればここからも飛べます。

1994年7月 JAF−CONV 参加 出展作品
A 木野まこと 水着(セラムンR版) 
B 木野まこと 私服〈第39話版

A B
まこちゃんのお隣はGーPORT製の亜美ちゃん

 おそらく最もイベントでセラムンが熱かった夏はこの年です。巷ではセラムンS放映中。水着ものと まこちゃん主役編で登場した私服をキットにしました。 この時の活動が評価され、G-PORTのジュピターU を製作することになりました

1995年7月 JAF-CONW 出展作品
 C  木野まこと 私服(劇場版 セラムンRより) 
 
D  木野まこと フィギュアスケート〈第39話より)
                   (A,B再リリース有り)

C

                

 
フィギュアスケートは まこちゃん主役編に登場したものですね。

 
巷ではSS放映中、そろそろ番組的には人気に翳りが見え始めました。しかし、イベント的には、大人気のセラムンSを踏まえて開催されたのでセラムン作品はまだまだ多く出展されていました。ただしセラムンSの新キャラでユーザー、原型師の人気を集めたのはサターン(ほたる)のみという傾向がはっきりと出ていました。
 相田はこの年の後半から翌年にかけて、G-PORTのジュピターHGの原型を製作していました。

1996年7月 JAF-CONX 出展作品
E   木野まこと 水着〈セラムンSS版) 
F   木野まこと 私服(劇場版セラムンS オープニングより)
G 
  木野まこと 子供版〈劇場版セラムンSS オープニングより) 
                  ( C、D再リリース有り )

E F G
 このころイベントでセラムン作品を製作される方は大分少なくなってきました。実はイベントではセラムン作品には販売数に上限があったのですが、この年その上限が20%引き下げられることになりました。版権料が高めで完成品の提出が義務付けられているなど版権取得のためのハードルが厳しかったところに追い討ちがかかります。これは個人として活動ならともかく、利潤を上げることを目的とする企業の活動としてセラムンのイベント限定キットをリリースする上では大問題となります。版権料,原型料、生産コストなどの経費を考えるとメーカー活動としてイベント限定のキットをリリースしても利潤はほとんど見込めなくなったのです。
 もちろん原型師個人が自らリリースを行う分には大きな障害とはなりませんが。もっともエヴァンゲリオンなどの影響もあり原型師的にセラムンへのモチベーション低下は否定しようもなくセラムン作品リリース数は大きく減り始めたようです。

1997年 7月 JAF−CONY 出展作品 
H   木野まこと 高校制服〈STARS版)
I   愛野美奈子 水着版 〈STARS版) 
J   1/6 スーパーセーラージュピター
K  ジュピター DX( Jのキットにスーパー化前の通常戦士版で作れるオプションパーツをつけたDX版も同時発売 )
            ( E 、G 再リリース)

H I J
 既にTVシリーズはこの年の2月に放映終了。プロによるキットのリリースはほぼ、無くなってしまいました。

 相田的にはセラムン衰退と世間的に見えることに一石を投じたくある策を練りました。少し多き目の1/6作品のはじめてのリリースもそうですが、特に初の「美奈子」リリースには明確な狙いがありました。それは・・・・・・

「 セラムン求めるお客で大行列作って、セラムン人気健在を示しちゃる!! 」

「 セラムン終わって残念がっている人たち(相田も含む)に、貴方の愛したセラムン求める人たちがこんなに沢山いるんだって見せて喜ばしちゃる!!」 

 こんなこと考えてました。94年頃までは「セラムン作品なら何でも買ってしまう」というユーザーが本当に多かったのですが、この当時は既にユーザーがキャラごとに分化し始めていました。うさPハウスはこれまで「まこ亜美」作品のみリリースしてきました(亜美作品についてはGTOのページ参照)。うさPハウスのお客さんは「まこユーザー」、「亜美ユーザー」中心です(ちなみに まこユーザーと亜美ユーザーは少なからずダブるようだが)。で、これまでの活動で確実に多くのユーザーを掴んでいるようになりました(それに比例しユーザーに対しての責任に苦しむことになるのだが)。さて更に「美奈子ユーザー」が加われば、セラムン人気低下の中でも十分に多くのお客さんを集めることができるのではないかと考えたのです。ここで美奈子をキャラとして選んだのは明確に人気です。まこちゃんは当然別格ですが、それ以外のセラムンキャラには明確な序列は相田の中にはありません。ただ亜美ちゃんはまだまだ作る人もそこそこいますし、うさぎに関しては熱心に良い作品をリリースする「うさこの部屋」があって私が製作してもあまり意味がありません。またやはり元祖セーラーチーム(内部)から作りたいと考えました。で、レイちゃんには申し訳ないのですが美奈子とでは人気の差が明確に存在します。そこで美奈子製作となりました。ただ、まあ初めて作ったキャラなんで製作にはかなり悩み苦しみました。単にユーザーを集めるために美奈子の人気を利用する(という面が明らかにある)だけでは美奈子にも美奈子ファンにも申し訳ありません。またユーザーへの責任もかなり意識するようになっていましたしね・・・・・。」
 
 で、結果的には現状維持どころか、これまでで一番の行列ができることになりました。イベント後いただいたお便りの中に「朝一番に うさPハウスに行きました。既にたいそうな行列ができていて自分の欲しいものが手に入るかとっても不安になりましたが、セラムン人気もまだまだ健在って感じで嬉しくなりました。」ってのがありました。
 また後日イベントを紹介する MG誌の誌上で「 JAF−CON 」で大行列を作ったディーラーって一覧表の中に セラムン作品をリリースする うさPハウス として名前を見ることもできました。多分これを見たセラムンファンの方はセラムン人気まだまだ健在だねって思ってくれたと思います。

 番組終了を受けて相田はこの年かなり追い詰められた精神状態でイベントに臨みました。もう誰もセラムンに見向きもしないんじゃなかろうか?別に相田が、うさP がセラムン ガレキ界を背負っているわけでもないのに(爆笑)。幸いイベント当日そういった精神状態からは脱することはできたのですが正直かなり疲れました。次からは、もう少し落ち着いた気持ちでイベントに臨もうと思いました。 


 
・・・・・なのに翌年新作のリリース数が
   増えるのは なぜ?(核爆発)

1998年 7月 JAF-CONZ 出展作品
  木野まこと 水着〈STARS版)                
  木野まこと 空手〈セラムンS 第105話より)    
  愛野美奈子 高校制服〈STARS版)         
O  水野亜美  高校制服〈STARS版〉           
  火野レイ  子供版〈劇場版セラムンSS オープニングより)
       ( G,H,I,J 再リリース )

L M N O P
 温故知新というか一部プロ原型師がセラムン作品をまた製作するようになりました。でもセラムン作品リリース減少傾向は歯止めが利きません。

 番組が終了しセラムンが盛り下がっていると見られるのがシャクに触るので、前年あれだけ苦しんだにもかかわらず、新作5点製作という暴挙に出ました。でも精神状態が大分良くなったのと、スキルUPに伴う製作意欲の増大により無理なく多くの作品を製作できました。お子ちゃま仕様ではありますがレイちゃんもはじめて製作しました。美奈子も前年の作品が支持されたためかえって美奈子や美奈子ファンに申し訳なく思ってもう少しいい作品リリースしなきゃと思い再チャレンジしました。亜美ちゃんは「まこ亜美」の相田にとってはいつかチャレンジするつもりでいました。

1999年2月 ワンダーフェスティバル 出展作品
 Q  スクルド 水着版 

   
 セラムン以外の作品原型を始めて手がけました。「ああっ女神さまっ」より「スクルド」です。ベルダンディーの方が人気はずっと高いのでしょうが相田のお気に入りは「スクルド」でした。
 相田がWFで作品を始めてリリースしたのもこの時でした。

1999年7月 JAF-CON[ 出展作品
  木野まこと パーティードレス (セラムンSS)   
  木野まことクッキング〈劇場版セラムンSSより) 
  エターナルセーラームーン  
  愛野美奈子 子供版 子供版〈劇場版SS オープニングより〉  
  スーパーセーラーヴィーナス   
           ( G, J, L, M, N, O, P 再リリース )

R S T U V
 再販を含めて12作品申請するむちゃくちゃな勝負に出ました。いける所までいってやる!って感じです。そしてこれから後のWFでもセラムンの版権が降りるようになりました。一度のイベントでこのとき以上の売上げを上げることは今後ないでしょう。これからは年3回リリースすることができますから当然作品リリースは分散することになります。これまで年一回しかリリースすることができないためJAF-CONに向けかなり精神的にも肉体的にも無茶してきました。これからもがんばりますが 少し楽な気分でイベントに望むことができるようになりましたね。  

1999年 8月 ワンダーフェスティバル 出展作品

 Q ,V( スクルド、セーラーヴィーナス )の再リリースのみで新作のリリースはありませんでした。ちなみに数年前からWFでの当日版権取得が可能になることを期待しセラムンアイテムを申請していたのですが、この時初めて申請が受理されました。とは言え直前のJAF−CONに新作5点を持ち込んだ関係でWF用の新作セラムンアイテムを用意するのは不可能でした。結果的にWFで初めて当日版権でリリースされるセラムンアイテムは相田作の「セーラーヴィーナス」となりました。

2000年2月 ワンダーフェスティバル 出展作品
W  スーパーセーラージュピター 2000   
X  ベルダンディー 水着版
    ( R,T,U、V 再リリース)

W X
 WF用に初めて製作するセラムンアイテムは絶対まこちゃんと決めていました。相田にとって必ずしも まこちゃん=ジュピターである必要は無いのですが、誰にでも受け入れやすいアイテムとしてジュピターを製作しました。4年前に製作したジュピターHGのリターンマッチでもあります。少しは進歩したよね? 
 ベルダンディーはねえ。竜人氏や智恵理氏などの十八番って感じがあるので製作には必ずしも積極的でもなかったのですがトライしてみました。初めて作るキャラはとても新鮮な気分で楽しく作れますがやっぱり苦労しますね。「ああっ女神さまっ」も流行に敏感でフレキシブルに動けるタイプの作り手ではない相田にとってはじっくりと取り組むことのできる魅力的な作品ですね。 逆にいうと旬を逃した時期にリリースすることになるので良く練った作品にしないと誰にも相手にされません。流行を予見しつつ戦うのも大変だが、これはこれで大変。どっちが利巧かは分からんが相田の役割は今のところ・・・・・。 
 

 以下続々増殖? 作品名がこの色で表示してある作品は展示室に展示中です。クリックすればここからも飛べます。

展示室 入り口へ

ジュピターU ジュピターHG
 この他にメーカーの仕事で G-PORT製「セーラージュピターU」「セーラージュピターHG」の原型を担当しています。 
ここまでで 相田原型の まこちゃん 16種類!!少しは まこちゃん ファンを幸せにできているかしら? また全部持っているツワモノはいるのかしら?

表記の無い物はすべて1/8です。

 御感想等がありましたらお申し付けください。結構のたうちまわりながら戦っていますので励ましなどいただければかなり喜びます。もちろん今後の作品はこういうところを改善して欲しいですってご指摘いたければ幸いです。


トップページに戻る( back )




inserted by FC2 system